月刊ミドリフグ

ミドリフグ、時々家庭菜園

『お弁当作りしません』宣言‼︎

 

第1集 (ブルーナブック)

第1集 (ブルーナブック)

 

 

今週のお題「お弁当」

 

横浜市生まれ、横浜市育ち。

 

小さい頃は保育園に通っていました。

 

保育園には、給食室があり

お弁当を食べるのは、運動会ぐらい。

通園バックに入れるのは、

出席を記録するブルーナーのノートにハンカチぐらい。

(※上にある画像、ミッフィの作者の絵本のスタンプ帳の事)

キリスト教の保育園だったので、

毎日お昼には、お祈りをしていました。

 

小学校も、もちろん給食がありました。

温かい、美味しい給食でした。

高学年になると放送委員に入り、

お昼は放送室で過ごしていました。

その日、その日で好きな曲をかけられるのが良かったです。

お気に入りは、ドリカムの『晴れたらいいね』。

職権乱用して、かなり曲を流しました(笑笑)

 

 

母が参ったのは、中学に上がった時でした。

横浜市立中学には、『給食』という概念がなく、

毎日、お弁当持参だったのです。

配られるのは、お茶ぐらいです🍵

 

 

あれから、随分経ちますが、横浜市は未だに給食がない。

 

 

その後、母は3年間のお弁当作りを

なんとかこなして、終えました。

 

高校に入ると、

『お弁当作りしません』宣言を私にすると

私は毎日昼食代をもらい、買い食い生活へ

みるみる内に、コンビニという空間にハマるのでした。

 

朝からコンビニへ行き、

朝食を食べる事が苦手だったので、

遅めの朝ごはんを購入に

コンビニの店長とお話して、

試供品やノベルティを沢山貰い

当時は良く、ミンティアの試供品を山のように貰いました。

お昼は、お昼用に学校の購買でパンを買い食い

ちょっと違うものが食べたい時は、

朝からパン屋へ行くような自由で、

気ままな食生活を謳歌していました。

 

高校がわりと大きな駅にあったお陰で、

試験が終わった日には、友達とイタリアンレストランや

ジョナサン、ミスドなんかでお昼を食べていたり

今考えても、いいお昼生活だった気がします。

 

決められた物よりも

その日の気分や体調で選んだり

新商品を片っ端から試したり

自己管理には良い勉強ですね。

 

その後、私は社会人になり

弟が高校生になると

母親とは面白いもので、弟のお弁当は作ってました。

しかも、早弁用とお昼用の二つも。

 

母も変わりましたなー。。

 

でも、こんなお母さんも良いよね。

今日も嫌がらせ弁当

私、キャラ弁とか少し憧れマス。